2016年10月30日日曜日

忘れた、忘れた

青二才のころ。


ベテランのサックス奏者Fさんのバンドに入れてもらったおいらは、まだスタンダードもろくに覚えていない状態だった。バンドは基本的に飲み屋の仕事であり、ライブをやるわけではない。スタンダードが中心になる。

たぶん飲み屋の仕事は誰も同じだと思うんだけど、Fさんのバンドでは楽譜に番号を振っておいて、前の曲が終わるころに「次、18番」とリーダーが言うと、みんなすぐに18番の曲を演奏するという方式だった。メドレーではないけど、わりと間髪いれずに次の曲をやるので、たまにその番号の楽譜が出ないとひとりだけ遅れてしまう。
さらにFさんは、番号でなく「次、ミスティ」と言ったりする。こっちは「えーと何番だっけ」から始まるので、全然ついて行けなくなる。そのため、スタンダードを暗譜できるようになる必要があった。

ところでFさんは、おいらがまだ全然ダメな頃から、「きみがテーマをとるように」といって、どんどんやらせられた。最初は苦痛だったが、これがFさん流の育成方法なんだなと思い、がんばっていた。

そんなFさんのバンドもいつの間にか解散したわけだけど、数年後、たまたまFさんとセッションで会った。一緒に演奏するとき、おいらがテーマを演奏しかけたとき、Fさんもテーマを吹きかけたものの、すぐおいらに譲った。

終わったあとで、Fさんに言われた。

「弁村くんさあ、いつも自分でテーマをとるけど、もっと人に譲ってもいいんじゃない?」

え、おいらはFさんに当初言われた通りにしていただけなのに。ああ、もうあのバンドではないから、譲りなさいということなのか。しかしどうもFさんの口調には自分が言ったことを忘れているという印象がある。おいらは「すみません」と謝ったものの、釈然としない気持ちだったことは言うまでもない。




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